隆起性皮膚線維肉腫
はじめに
隆起性皮膚線維肉腫(DFSP)は低~中悪性度の軟部肉腫であり、真皮から発生する。DFSPは歴史的には線維芽細胞由来とされてきたが、現在は、間葉系幹細胞から発生するという、がん幹細胞仮説が有力となっている1。DFSPの疾患概念は1924年にDarierとFerrandが「進行性かつ再発性皮膚線維腫」として記述したのが最初である2。DFSPは局所浸潤性の腫瘍であり、線維組織球性腫瘍といくつかの組織学的特徴が共通しているにも関わらず、より浸潤性に発育する傾向がある。3次元再構成ではDFSPは非常に不整な形状をとり、絨毛状または指状に進展することが明らかになっている3。
不適切切除後の頻繁な再発は、不整で触手状に進展するDFSPの特徴の影響と考えられている4。遠隔転移はまれであり、通常は病期の進んだ時期に起こることが多い。
疫学
DFSPは全悪性腫瘍の0.01%、全軟部肉腫の2-6%を占める5-6。推定発生率は0.8-5人/100万人/年程度であり7-11、アメリカにおける新規発生例は年間約1000例ということになる。黒人の罹患率(6.5人/100万人)は白人の罹患率(3.9人/100万人)の約2倍である12。小児や高齢者での発生例の報告もあるが、通常は20-50歳に好発する13。先天性DFSPという概念があるが非常にまれである13-16。
臨床的特徴
DFSPは通常は緩徐な経過をとり、初期は無痛性の皮膚の肥厚のようにみえる(図1)。特に辺縁部ではピンク、暗赤色、場合によっては青みがかった変色を伴うことがある。経過とともに大きな結節状の腫瘤となり、最終的にはより大きく突出した病変となる(図2)。表皮層まで腫瘍が進展した場合は、潰瘍を形成することもある。皮下発生の腫瘍とは異なり、DFSPは腫瘍直上の皮膚と接着している。典型的にはDFSPは腫瘍深部の組織とは接着しておらず、通常、診断時には表在性で5cm未満である17。
腫瘍の進行は月単位から年単位に及び、場合によっては10年単位に及ぶこともある。 DFSPはしばしば脂肪腫、表皮嚢腫、瘢痕、肥厚性瘢痕、ケロイド、皮膚線維腫、結節性筋膜炎、虫による咬傷と誤診される。体幹部(47%)が最も一般的な好発部位であり、下肢(20%)、上肢(18%)、頭頸部(14%)と続く17。
DFSPは悪性腫瘍であるが、転移の頻度は1-4%である17。転移は晩期におこる事象であり、典型的には複数回の局所再発例でのみ起こる19。
診断
定期的な画像検査は必要ではないが、MRIは腫瘍の進展範囲を評価する上で有用であり、特に腫瘍径の大きい症例では術前計画において重要である。他の多くの軟部腫瘍と同様にDFSPはT1強調像では低信号、T2強調像では高信号を呈する。MRIでは腫瘍の肉眼的な進展範囲は十分に描出することができるが、顕微鏡的な腫瘍の進展範囲までは描出できない。さらにMRIは再発病変やDFSPに特徴的な水平方向への浸潤を明瞭に描出することはできない20。経過の長い症例や肉腫変化(DFSP-FS(下記参照))を認める症例では肺転移の有無を評価するために胸部CTも撮影すべきである4。局所における骨浸潤が疑われる場合はCTによる評価が有用である4。
診断は針生検または切開生検による。穿刺吸引生検は再発例の診断においては確立された方法だが、初回の生検は腫瘍の組織学的構造がわかるように十分な検体を採取すべきである21。
生検法
針生検は中空針を経皮的に刺入し、ごく少量の検体を採取する生検法である。針が細胞層の中を進むことで、検体が採取される。この手技は数分で行えるため、外来でも施行可能である。
切開生検は腫瘍の一部分を採取する生検法である。切開生検は腫瘍径の大きい場合に行われ、病理医に多くの検体を提供することが可能である。切開生検では診断の精度は若干高くなるが、通常は手術室で行う必要がある。
切除生検は腫瘍全体を採取する生検法で、切開生検や針生検が難しい非常に小さい病変に対して適応となる。通常は 正常組織を少量つけた切除が容易であり、かつ患者が手術に耐えうる場合に行われる。本生検法も通常は手術室で行う。
病期分類
American Joint Committee on cancer ではDFSPの病期分類は明記されておらず、通常は腫瘍の悪性度とコンパートメントにより規定されるアメリカのMusculoskeletal Tumor Society Staging System による病期分類が用いられる22。Short Germanガイドラインを踏まえて最近発表された病期分類法では、局所の腫瘍のみ(Grade I)、リンパ節転移(Grade II)、遠隔転移(Grade III)と分類されている23。
病理組織像
DFSPは均一な紡錘形細胞が花むしろ状または渦巻き状に配列するという特徴的な組織像を示す(図3)。早期の病変では表皮と腫瘍の間を隔てる正常組織である「境界帯」がみられることもある。DFSPのまれな亜型としてメラニン色素をもつ細胞が混在するBednar腫瘍24、間質にムチンを有する粘液型DFSP、また、萎縮型DFSPがある。
約15%の症例では高悪性度肉腫の成分を伴う。例外はあるが大半の場合は高悪性度肉腫の成分は線維肉腫(fibrosarcoma, FS)であり、DFSP-FSと呼ばれる。高悪性度肉腫領域のサイズやどのタイミングでDFSP成分に混在するかは様々である。高悪性度肉腫成分を含む症例でさえ転移はまれであり、問題となるのは局所再発である。
免疫組織化学染色は病理診断に有用である。CD34は通常陽性であり、その感受性は84-100%と言われている(図4)25-27。DFSP-FSの症例では線維肉腫の領域ではCD34の発現が低下もしくは消失している。さらにDFSPではヒアルロン酸とビメンチンの染色が陽性であるがCD44、factor XIIIa、S100は通常陰性である。アポリポプロテインDはDFSPに発現しており、未分化多形肉腫との鑑別に有用かもしれない。さらに融合遺伝子COL1A1/PDGFBはFISH (fluorescence in-situ hybridization)法で検出可能である28。
遺伝的特徴
DFSPは皮膚表面蛋白であるネスチンをコードする皮膚間葉系幹細胞由来であることが証明されている29。ネスチンはDFSPと皮膚線維腫の鑑別にも有用な可能性があり、モース手術における術中の染色において使用される。
90%以上のDFSPで余剰環状染色体r(17;22)または相互転座t(17;22)といった特定の細胞学的異常を有する。現在では環状染色体がより一般的な異常であり、転座は通常は小児DFSPでのみ認めることがわかっている1,4。いずれにしても結果は同じであり、DFSPでは第22染色体上のplatelet-derived growth factor-B gene (PDGFB)と、第17染色体上のcollagen 1 alpha 1 gene (COL1A1)の融合遺伝子がみられる。これにより融合がん遺伝子と機能的なPDGFBの高発現がおこる30-32。これが自己刺激的または自動的な成長シグナルとして働き、最終的に制御不能の細胞分裂と腫瘍形成を来す。それでもなおDFSPと診断された症例の8%でCOL1A1とPDGFBの融合転写物が同定されず、このことより、DFSPの発生には、さらなる遺伝子異常の関与が示唆されている4。
染色体転座とは 染色体間でのDNAの異常再配列を意味する。転座が2つの非相同染色体間で起こった場合、相互転座といわれる。相互転座は通常はキャリアでは害がないが、流産や異常をもつ小児を出産するリスクは高くなる。ロバートソン転座はセントロメア付近で融合する2つの末端染色体を巻き込むもので両方の染色体の短腕は失われる。2つの染色体が融合して1つになるので、結果として染色体数は45となる。他の転座と同様にロバートソン転座のキャリアの表現型は正常であるが、配偶子不一致のリスクを抱えており、流産や異常をもつ小児を出産するリスクが高まる。
DFSPの治療
TDFSPの治療の主流は手術である。非常に高い局所再発率のため、歴史的に5cmの切除縁が推奨されてきた33。
DFSPは誰が治療するべきか?
通常は皮膚科医が皮膚病変の診断、治療にあたる。DFSP患者の大半は外来における皮膚科医による治療で十分である。巨大または進行期のDFSP症例、または大きな再建が必要な場合は集学的なアプローチが推奨される。これには腫瘍内科医、皮膚科医、病理医が含まれ、深部の軟部組織や骨への腫瘍の進展がある場合は腫瘍を専門とする整形外科医も必要となる。広範な外科的再建が必要な場合は形成外科医も必要である。(訳者注:日本ではDFSPの治療は、皮膚科医が担当したり、腫瘍を専門とする整形外科医が担当したり、また形成外科医が担当したりと、施設によってまちまちである。一般的に皮膚表層の症例は皮膚科で、深層まで浸潤している症例は整形外科で治療されることが多いと思われる。)
最新のNCCNガイドラインでは2-4cmの切除縁が推奨されている(図5-7)。局所再発は通常は追加切除により治療されるが、さらなる局所再発や遠隔転移のリスクがある。ときおり単発性の遠隔転移は外科的に切除されることがある4。
モース手術の開発により、顕微鏡的に腫瘍を完全切除可能となり、良好な治療成績と、より少ない外科的合併症の両立が可能となった。広範切除とモース手術の比較試験では広範切除では13%の再発率でモース手術では5年の時点で再発は認めなかった34。より広範な切除や再建を要する巨大または進行期DFSP以外では、モース手術はDFSPにおける最適な手術であるというエビデンスが蓄積しつつある35,36。
手術手技
モース手術は Dr. Fredrick E. Mohsにより開発された皮膚癌全般において非常に有効な顕微鏡を併用した手術手技である。この手術には4つの段階がある:
- 組織の切除
- 組織片のマッピング、凍結、切片作成とH&E染色などの染色
- 顕微鏡によるスライドの観察
- 切除後欠損部の再建
モース手術は通常外来で局所麻酔下に行われる。小手術用メスを用いて肉眼的腫瘍の周囲を切離する。通常は1-1.5cmの切除縁または腫瘍に侵されていない皮膚のところで切離するよう非常に小さい切除縁を設定する。モース手術は顕微鏡を併用して行われるため、正常組織を温存しつつ、なおかつ正確な腫瘍の切除を行うことが可能である。
従来の化学療法はほとんど効果がないが、イマチニブ(グリベック®)を用いた分子標的治療は、限られてはいるが有望な結果が報告されている4。イマチニブ(グリベック®)はablキナーゼ阻害剤としてフィラデルフィア染色体陽性慢性骨髄性白血病の治療のために開発された。イマチニブはさらに2つのキナーゼ(c-KITとPDGFR)を阻害し、これらがDFSPにおけるイマチニブの有効性に関与している28。イマチニブのDFSPに対する投与経験は限られているが、有望な結果も報告されている。ある報告によると、局所進行性または転移を有する10例のDFSPに対しイマチニブが投与され、様々な治療効果を示した。注目すべきはt(17,22)転座のない一人の患者では、イマチニブに不応性であったことである27。現在ではイマチニブ投与前にt(17:22)変異の有無を確認することが推奨されている37。 転移を有するまたは切除不能のDFSPに対してイマチニブが効果を示したとの別の報告がある。その報告によると、背部に再発、腋窩と肺に転移を有するDFSPの女性に対してイマチニブを1ヶ月投与したところ、反応は良好であった。3ヶ月の時点で腫瘍は著明に縮小し、CT上は肺転移はほぼ完全に消失した38。また、大腿部原発で脊椎転移のあるDFSPの男性患者に対して4ヶ月間のイマチニブ投与を行ったところ、腫瘍径が75%減少し、外科的切除が可能となった。切除された腫瘍は組織学的に悪性細胞の残存はなく、治療が完全に奏効したことを示していた39。イマチニブは切除不能または再発や転移を有するため手術適応とならない成人発生のDFSPに対して、治療薬として承認されている。(訳者注:日本ではDFSPの治療薬としては承認されていない。)機序はよくわかっていないが、多くの患者が早期に薬剤耐性となり、イマチニブの効果は長期間持続しないことが多い。ではあるが、主要臓器に近接しているなどのため切除不能と考えられた腫瘍でも、イマチニブの投与により腫瘍が縮小し、切除が可能となることもある28。
DFSPのイマチニブに対する反応
DFSPに対してイマチニブが有効なのは、DFSPにみられる染色体相互転座がPDGFの恒常的な発現を促進していることと関連している。遺伝子増幅や変異はないが、特定の分子標的治療に反応する腫瘍のめずらしい一例である。イマチニブをDFSPの治療薬として開発することには限界がある。DFSPは良性~中間悪性度の腫瘍であり、外科的に完全切除できれば全身療法が不要となるためである。イマチニブは切除不能、再発または転移を有するDFSPにのみ応用可能である。しかしながらDFSPに対するイマチニブ治療の第Ⅱ相試験が現在進行中であり、そのうちいくつかは最近終了したが、今のところ暫定的な結果のみしか得られていない40-42。スニチニブ、パゾパニブ、ソラフェニブなどの別のPDGFR阻害薬の有効性も現在検証中である4,43。
DFSPにおける放射線治療の有効性を検証した研究はたくさんあるが、DFSPは放射線に対する感受性が高いことが示されている。少数例での検討では有効性が示されているものの、DFSP全例に放射線治療が必須であるという客観的データは限られている。手術と術後放射線治療で治療をうけた10例のDFSP(1例はDFSP-FS)の検討では最終観察時(21-185ヶ月)において9例で再発がなかったという結果が得られている。 DFSP-FSの1例で局所再発を来し、最終的に腫瘍死している44。放射線治療は手術と組み合わせた場合に、局所再発のリスクを低減させることができる。Haasらは手術のみで治療した21例では局所制御率は67%だったのに対し、手術と放射線治療を組み合わせた17例では82%だったと報告している45。その他の報告では、度重なる手術が切断や機能障害をおこす場合は、補助的放射線治療を考慮してもよいとの結論がでている45-46。
予後
一般的にDFSPの予後は良好である。遠隔転移は5%、所属リンパ節転移は1%にみられる47。かつては再発率は11-53%と高かったが、モース手術の開発により再発率は低下している。再発例でもMohs手術により98%の治癒率が得られる48。
転移の出現は予後不良を示唆するもので、2年以上生存する症例はほとんどない。イマチニブ使用による有望な最近の結果が報告されており、遠隔転移例の予後が改善する可能性がある。