類上皮肉腫
はじめに
類上皮肉腫は若年成人(20-39歳)に好発し、その60%は上肢に発生するまれな軟部肉腫である。類上皮肉腫は1970年にEnzingerによって名付けられた腫瘍で、肉芽腫様病変、滑膜肉腫、潰瘍を伴った扁平上皮がんといった様々な良悪性病変に類似する腫瘍である1。1997年には初めて“近位型”亜型が報告されている(病理セクションの補足記事を参照のこと)。
この記事は通常型、いわゆる“遠位型”の類上皮肉腫に焦点を絞ることにする。類上皮肉腫は、増大は緩徐であるが、高率に再発と転移を生じる腫瘍である。増大が緩徐であること、症状が乏しいこと、画像検査で初期には良性腫瘍様の所見を示すこと、そして症例によっては特徴的な病理所見に乏しいことにより、類上皮肉腫の確定診断はしばしば 困難を極める。また、類上皮肉腫はまれであるため、どの治療法がより優れているかを比較するための大規模な臨床試験はほぼ不可能である。この記事では、類上皮肉腫の疫学、臨床的及び病理学的な特徴、診断、治療と予後因子について概説する。
疫学
アメリカ合衆国における上肢発生肉腫に関するデータベースによると、上肢発生類上皮肉腫の発生率は人口100万人あたり年間0.1例である2。近年の研究では、1973年から年間5.2%の上昇率で発生が増加しており、2005年の発生率は人口100万人に0.4例と報告されている3。類上皮肉腫は、手に発生する軟部肉腫では2番目に多く、上肢に発生する軟部肉腫では6番目に多い2,4。男性に多く(女性の1.8倍)、また若年成人に多く発生する。大規模な後ろ向き研究によると、74%の症例が10〜39歳に発生し、平均発症年齢は27歳である4。一般的に上肢発生肉腫は白人に多いが、様々な国々からの報告をまとめると、人種や居住地域は類上皮肉腫の発症に影響しない2,5。女性の発生例は男性に比べて少ないが、類上皮肉腫は女性の方が予後がよい5。類上皮肉腫が最も好発する部位は上肢遠位であるが、外陰部、陰茎、脊髄に発生した症例も報告されている5-8。
臨床的特徴
類上皮肉腫は手と前腕に最も好発し、下肢遠位と上肢近位がそれに続く(図1)。ほとんどの腫瘍はやや硬めもしくは硬い腫瘤として触知され、深部軟部組織か真皮に存在する。皮膚表層に近い病変はしばしば潰瘍を形成し、難治性のけがやいぼと誤診されることがある。深部に発生した腫瘍はガングリオン嚢腫に類似した症状を呈したり、腱に付着して腱鞘巨細胞腫と間違えられたりする。疼痛や圧痛は約20%の症例でしかみられない5。約13%の患者で腫瘍は多発しており、約13%の患者で初診時に遠隔転移がみられる13。手の腫瘍は拘縮を引き起こしたり、筋力低下やしびれを含む神経圧迫症状の原因になりえる。後ろ向き研究では初回手術までの有症状期間は平均29か月であり、これは腫瘍がゆっくりと成長することを反映している5。
ほとんどの他の肉腫とは異なり、類上皮肉腫はリンパ節転移を起こしやすい傾向がある。長期間の観察研究によると、類上皮肉腫の45%が遠隔転移を生じ、その好発部位は頻度順に肺(51%)、リンパ節(34%)、頭皮(22%)である5。
類上皮肉腫のほかにリンパ節転移を来しやすい肉腫としては、横紋筋肉腫、明細胞肉腫、滑膜肉腫そして血管系肉腫が挙げられる。
画像上の特徴
レントゲン写真では特徴的所見は見られず、症例によっては軟部組織の腫瘤や腫脹がみられるのみである。まれには、雀斑状の石灰化や骨化がみられることがある。脱灰や皮質骨の菲薄化を除いて、類上皮肉腫が隣接骨の変化を引き起こすことは極めてまれである5。生検と病理診断の前に行う画像検査としては、MRIが最も推奨される。類上皮肉腫には、画像上の特異的な所見はほとんどないため、MRIの一番の目的は解剖学的な境界を明らかにすることである。また、MRIは腫瘍の再発と術後変化を鑑別する際にも有用である。小規模な研究では、複数回の手術後であっても、腫瘍の局所再発と術後変化を鑑別するのにMRIは有用であった9。PET CTに関する情報はほとんどないが、軟部肉腫160例を対象としたある研究によると、類上皮肉腫は3例中3例全てがPET陽性であった18。
診断
ほかの軟部肉腫と同様に、生検が最も優れた診断法である。類上皮肉腫の病理所見はばらつきが大きいので、生検と病理診断は、それぞれ経験豊富な骨軟部腫瘍医と病理医によってなされることが重要である。遺伝子検査は、類上皮肉腫と他の肉腫との鑑別に有用である。
遺伝子検査
INI1(hSNF5やSMARCB1としても知られる)は、22番染色体長腕(22q11.2)に存在する遺伝子である。INI1は、SWI/SNFマルチサブユニットクロマチン再構成複合体の仲間であり、この複合体はDNAと転写因子の結合に関与する。この遺伝子はがん抑制遺伝子として働き、その不活性化はこれまでにいくつかのラブドイド腫瘍で確認されている。最近、INI1遺伝子の欠損が類上皮肉腫患者の写真の80%以上でみられることが報告された11 。INI1遺伝子の欠失は、類上皮肉腫以外に、悪性ラブドイド腫瘍、類上皮型悪性末梢神経鞘腫瘍そして筋上皮がんで見つかっている12。INI1の免疫組織化学染色は容易に実施可能であり、類上皮肉腫の診断に応用されている。
病理
類上皮肉腫はたいてい皮下組織、腱や筋膜に発生する。顕微鏡でようやく確認できる位の小さな腫瘍浸潤が皮膚と骨格筋に見られる確率はそれぞれ24%と28%である5。類上皮肉腫は筋膜に沿って拡がり、また大血管と神経に浸潤しやすい傾向がある。
類上皮肉腫は肉眼的に単発もしくは複数の白色結節として観察されることが多く、しばしば周囲組織への浸潤を伴う。結節を形成することは、類上皮肉腫の特徴の一つである。
顕微鏡で観察すると、腫瘍は上皮様の卵円形もしくは多角形の腫瘍細胞で構成され、これに多くの細胞質内空胞を伴う好酸性の強い紡錘形細胞が混在している(図2参照)5。二相性滑膜肉腫でみられるような、多角形細胞領域と紡錘形細胞領域間の明瞭な境界は類上皮肉腫ではみられない。組織亜型として、紡錘形細胞優位の線維腫型と、血管肉腫様の増殖パターンを示し、のう胞を取り囲むように類上皮細胞がみられる類血管腫型がある。
壊死巣を中心とし、その周囲に腫瘍細胞が偽肉芽腫様に増殖するパターンは、類上皮肉腫でもっとも一般的にみられる病理所見である。(図3. 中心領域は通常、硝子化した膠原線維と壊死物を含む。19%の症例で壊死部に石灰化がみられ、多核巨細胞がみられることもある5 。
近位型亜型の類上皮肉腫
1997年に、骨盤深部、会陰そして四肢近位に発生した類上皮肉腫の“近位型亜型”が報告された。近位型亜型は巨大で類上皮様のがん細胞に類似した細胞とラブドイド細胞のいずれか、もしくは両者からなり、遠位型に比べてより悪性度の高い臨床経過をたどる10。この亜型は巨大ラブドイド細胞の存在により、“大細胞型類上皮肉腫”とも呼ばれる。(訳者注:ほとんどの場合、近位型類上皮肉腫と呼ばれ、大細胞型類上皮肉腫と呼ばれることは極めてまれである。)
免疫組織化学染色
免疫組織化学染色ではほぼすべての類上皮肉腫症例がビメンチンに陽性を示す11,5 。サイトケラチンであるAE1/AE3と上皮膜抗原(EMA)はそれぞれ96%と98%の症例で陽性である11。類上皮肉腫は基本的にCA125に陽性であり、遠隔転移を検出するための血清マーカーとして有用であるとの報告もある。類上皮肉腫は一般的にS100タンパクに陰性であり(悪性末梢神経鞘腫瘍と鑑別可能)、また血管内皮マーカー(類上皮型血管肉腫と鑑別可能)とCK5/6(扁平上皮癌と鑑別可能)にも陰性である。CD34は50-60%の類上皮肉腫で陽性であるが19、癌腫では陰性であり、両者の鑑別に有用である。p63はほぼすべての扁平上皮癌で陽性である一方、類上皮肉腫では陰性のため、これもまた有用なマーカーである。
治療
広範切除術が最も推奨される治療法である。長期間の観察研究によると、類上皮肉腫は辺縁切除術後には最大77%の局所再発率を示す5。このため、切除に伴う機能障害や合併症にもかかわらず、多くの論文著者が広範切除術もしくは腫瘍床の完全切除を推奨している9,13。しかしながら、類上皮肉腫は罹患肢の近位に原発腫瘍から遠く離れて進展しやすいこと(いわゆる“局所転移”と呼ばれる)が知られており、思い切った広範囲の局所治療を推奨しない考え方もある。複数回再発した場合や、指尖部のように機能損失が著明でない場合は、切断術も考慮されうる。しかしながら、切断を行ってもなお“局所転移”を完全には防げないと報告されている5。
センチネルリンパ節生検
類上皮肉腫はリンパ節転移しうるので、センチネルリンパ節生検と所属リンパ節廓清を推奨する論文もある16。悪性黒色腫と乳がんでは、センチネルリンパ節生検は有益であることが明らかになっているが、肉腫における有益性は明らかになっておらず、さらなる研究が必要である。
補助療法の役割
類上皮肉腫はまれであり、また長い時間をかけてゆっくりと増大するため、どの補助療法がより有用であるかを統計学的に明らかにすることは、極めて困難である。
化学療法(ドキソルビシン(訳者注:アドリアマイシンとも呼ばれる))は多発病変、5cmを超える大きな腫瘍、または転移病変に使用されている。大規模臨床試験の報告はなく、生命予後の改善効果は明らかになっていない17。
放射線療法 は患肢温存のため、初発および再発症例に対していくつかの施設で使用され15、切断に比べ、良好な成績を収めている。しかし、全生存率の改善は見られていない17。晩期合併症である瘢痕形成、拘縮、神経障害は、とりわけ手の症例において患者に苦痛をもたらすことがある4。
予後
類上皮肉腫患者の写真の5年および10年生存率はそれぞれ、おおよそ50-70%と42-55%である13。性別、部位、診断時の年齢、腫瘍の大きさそして病理所見が予後に影響を与える因子として報告されている5,13。性別は、複数の研究で、女性患者の方が予後良好であることが示されており、また、近位病変は遠位病変に比べて予後不良とされている5。若年発生の方が予後良好である。 2㎝以上の腫瘍径と壊死、脈管浸潤は予後不良と相関している5。核分裂像の頻度も予後因子の一つである11。
まとめ
類上皮肉腫は、若年成人の上肢遠位(手と前腕)に好発するまれな肉腫である。類上皮肉腫は通常の場合、痛みのない、ゆっくりと増大する腫瘤として見つかるが、多発病変として見つかることも珍しくない。類上皮肉腫は非常に高率に局所再発する傾向を示し、リンパ行性に伸展する。生検が第一選択の診断法であり、多角形細胞と紡錘形細胞が混在し、“偽肉芽腫”様の結節を形成する組織像を呈することが多い。INI1遺伝子の欠損が類上皮肉腫の大部分で報告されており、診断確定に使用されることがある。第一選択の治療は、広範切除術であり、補助療法の役割については意見が分かれるところである。男性、2cm以上の腫瘍径、近位部発生、そして脈管浸潤の存在は予後不良因子である。